事例紹介

アドフォクス株式会社事業内容:集音器、電気計測機器、製造販売、ソフトウェアの設計開発ほか
従業員数:8名
所在地:東京都青梅市河辺町10-6-1 トミタワー7F

開発品 HearMore Ciel

開発品 HearMore Ciel

道場参加の理由

偏ったイメージを払拭したいという思い

時代が追いついてきたというか、イヤホンを使う人がすごく増えて、この製品が理解されやすくなっていると感じています」と語るのは、新しい耳穴型集音器を2023年に製品化したアドフォクス株式会社の代表取締役社長成沢崇志氏。
「HearMore Ciel(ヒアモア シエル)」と名付けられたその製品は、機能性と美しさを共存させた耳穴型集音器として注目されている。

高級音響機器メーカーとして「音好き」のファンから絶大な支持を得てきた株式会社ナカミチ(以下ナカミチ)の元技術者たちによって設立されたアドフォクス。1991年の創業から8年後に補聴器分野に参入し、音響機器開発の現場で培ってきた技術力で、次々と話題の製品を送り出してきた。しかしそれは、あくまでも補聴器業界という枠のなかでのことで、広く一般に知られてはいなかった。

「音については、先代たちがすごくこだわって磨き続けてくれていました。しかし、外観が垢抜けない。実際に製品を見たお客様に、やっぱりいらないと言われたり・・・。あぁ、一般の補聴器のマイナスイメージはここまでなのかと思いましたね。」(成沢社長)

大学卒業後に入社したゲーム開発会社から当社に転職して、最初に携わったのがこの補聴器事業だった。「一般的には補聴器と聞くだけで、高齢者向けのベージュ色のものを思い浮かべてしまう歪んだ価値観をなんとか払拭したい。」その思いのもとに開発を進め、販売面でもゴルフ用品メーカーのキャンペーンに着想を得た無料貸し出し策を行うなど、新たな試みも行った。2010年には将来的な事業の拡張性を考えて、医学的な診断の上で処方される「補聴器」から、より幅広い層を狙える「集音器」へと戦略転換をはかるものの、飛躍するまでには至らなかった。

試行錯誤を繰り返すなかで、これからは技術力だけでなく、市場に受け入れられる製品デザイン、さらにはホームページやカタログを介したイメージ作りなど一貫した戦略が重要になると思い、2015年に事業化チャレンジ道場の門をたたいた。

代表取締役社長 成沢崇志氏

代表取締役社長 成沢崇志氏

「ヒアモアCiel」の装着イメージ

「ヒアモアCiel」の装着イメージ

得られた知見

深まった新製品コンセプトへの理解

成沢社長がかつて携わったゲームの開発では、1ドット以下の表現というものが存在するという。1ドットは、デジタル画像を構成する最小単位となる点で、それ以下の表現は不可能なはずだが、「実際には丁寧に作り込むことで、プレイヤーに感情みたいなものが伝わるときがあるんです」と言う。それと同じように、「当社の音づくりもすでに、仕様書に書くことができないような感性の領域に達していたため、さらに外観についてもこれから高めていきたい」と講座に参加しながら考えていた。そんなとき、思いもしなかった事態に直面する。創業者の息子としての事業承継だ。事業化チャレンジ道場参加中に、従業員から経営者というまったく異なる立場になり、新製品で目指す会社の方向性に関して、改めて社内で十分な理解を得ることが急務となった。その点でも、道場での時間が役立ったという。
「道場には、若い社員と参加していました。一緒に行ってなかったら味方してくれなかったかもしれない。社長なに言ってるんだって(笑)。道場での時間とプロセスを通して、私の考えを社員と徐々に共有できるようになったことが一番大きかったですね。」(成沢社長)

製品コンセプトでまず着手したのは、それまで購入者の7割が男性だった自社のポケット型集音器のターゲット変更。公社のセミナーで聞いた「これからの社会は、若々しい高齢者が増える」という言葉をヒントに、今回は女性をメイン対象に、かつ幅広い年代層に受け入れられるデザイン性をもたせることにした。企画書ができあがり、早々にモックアップまで仕上げたが、機能と美しさの融合は思っていた以上に難しかった。機能を優先し、直径13.5ミリの大口径ドライバーを採用したため、求めていた美しさとかけはなれた直線的な外観になってしまったという。
「道場のデザインインストラクターには、人の身体に直線、直角の部分はないと言われました。この試作品で、アドフォクスの未来が開けるというイメージも湧きませんでしたね。」(成沢社長)

これではいけないと判断、改めて道場の師範(講師)に工業デザイナーと構造設計家を紹介してもらい、一からやり直すことに。何回もトライ・アンド・エラーを繰り返しながら、納得のゆく形で「ヒアモアCiel」を世に送り出したのは2023年。
道場も修了し、構想から数えて実に8年の歳月がかかっていた。

納得がいくまで試作を繰り返した

納得がいくまで試作を繰り返した

作った製品

音楽まで楽しむことができる集音器

「ヒアモアCiel」の基礎となっているのが、当社の音声明瞭化回路(ニートプロセッサ=賢く働く回路の意味)だ。声の周波数(音程)に応じて増幅特性を変更し、男性、女性、そして子どもの声も、自然なままに明瞭化する技術で、日本をはじめ、米、英、仏、独、中国で特許を取得している。
「展示会に出品したとき、音を聞いてじっとしている方がいました。話しかけてみるとオーディオ評論家の方で、突発性難聴になってしまい補聴器を探していた、やっと良い音に巡り合えたよと言われました。」(成沢社長)

ニートプロセッサの魅力を最大限に引き出しているのが、高性能なマイク、スピーカーによるナチュラルな音づくりと構造面での工夫。そして今回、新たに加えたデザイン性。そのどれが欠けても「ヒアモアCiel」が生まれることはなかった。一番の目的である日常の会話や生活の「音」を聞こえやすくするのはもちろんのこと、クラシックからロックまで幅広いジャンルの「音楽」まで楽しむことができるものづくりへの姿勢は、音響メーカーで長く開発に携わってきた技術者、そして、それを受け継いだ技術者の矜持と言えるだろう。

「以前父(先代社長)から、耳が遠くなっても感度が落ちているだけで、耳は良いんだよという話を聞きました。だからこそ、丁寧に作らないといけないんだって。」(成沢社長)

補聴器から集音器へと続く、この徹底した技術追求からは、思わぬ副産物も生まれている。例えばバイノーラルマイクロホン・イヤホンだ。耳穴の位置にマイクを置く録音をバイノーラル録音といい、イヤホンで聞くとサラウンドのように臨場感ある音が再現されるのが特徴で、プロの映像制作現場でも人気となっているという。
「音のソースが良くなければ、どれだけ手を加えても良い音にはならない。」という基本的な考えのもと、今後も自社の音に対するこだわりを追求していく方針だ。

開発した製品 「ヒアモアCiel」

開発した製品 「ヒアモアCiel」

今後の戦略は?

「ヒアモアCiel」の生産体制の確立

「以前、商社をやっているというアメリカ人と話したときに、世界一の補聴器があるよと言ってきて。名前を聞いたら当社が設計した商品だったということがありました。それうちのですよって(笑)。そのときに、私たちの技術は世界にも通用するんだなと思いました。」(成沢社長)

品質を確保したうえで生産ロットを上げるなど、まずは「ヒアモアCiel」の国内事業を軌道にのせ、その後に海外進出を目指す考えだ。今はまだ手探りしている段階と言うが、販売ルートを含め、道筋は見えてきているという。
「メガネ取扱店など、だんだんと「ヒアモアCiel」と相性が良いところが見えてきています。2025年は、アドフォクスが自分達の足で立っているという年になるんじゃないかなと思います。私たちが目指しているのは、集音器業界の“スバル”とか“マツダ”。
ものすごく強い部分がある、哲学をもった製品づくりをしているという会社です。決してマスマーケティングではない。」(成沢社長)

事業化チャレンジ道場で学んだように、しっかりと自社のポジショニングを定め、マーケットのどの部分を狙っていくのかを決めること。競合を意図的に避けるということではないが、やはりブルーオーシャンを探し当てることが、自社の売上増加だけでなく、業界自体を活性化することになると考えている。

現在、「ヒアモアCiel」の販売拡大と並行する形で、「オペレータが話す声を明瞭化して、電話の向こう側にいる人に伝える。」製品の開発を進めるなど、次の新製品開発の準備にも余念がない。

今後の展開を熱く語る成沢氏

今後の展開を熱く語る成沢氏

取材後記

これからの主要製品として位置付けている「ヒアモアCiel」の生産体制構築やさらなる製品開発、現行製品の生産、組織運営など、取材中にもその忙しさが伝わってきました。今までは、先代であるお父様の前職、高級音響メーカーのナカミチで培った技術という部分で語られることが多かったようですが、これからはアドフォクスの音、製品として認識されてゆくのではないでしょうか。現状だけでなく、未来を予測しながら製品づくりをすることが大切と強調していた成沢社長。大切なのは「前例がないことをする力」のようです。(2024年12月取材)

文章/池田 雄悟
撮影/堀内 まさひろ

会社概要

参加者名 代表取締役社長 成沢 崇志氏
他 2名
経営者の参加あり
資本金6,500万円
TEL0428-24-6042
FAX0428-24-6069
URLhttp://www.adphox.co.jp/